クラシック音楽といってもいろいろある。私は以前はほとんどピアノのソロとピアノ協奏曲しか聴かなかったが、最近、室内楽も好んで聴くようになった。

室内楽 chamber music とは、ピアノや弦楽器、管楽器などを少人数で演奏するために書かれたクラシック音楽の一種だ。もともとは王侯貴族の屋敷や宮廷の広間などで演奏され、今でも、大きなコンサートホールではなくこぢんまりとした空間で演奏されることが多い。

アイルランドでは毎年夏、室内楽の祭典が開かれる。西コーク室内楽フェスティバル West Cork Chamber Music Festival だ。6月から7月にかけての10日間、コークのバントリー Bantry という町を中心に何十ものコンサートが開かれ、国内外から音楽家と室内楽ファンが集まる。

西コーク室内楽フェスティバルの中心地、海辺の町バントリー。

観光案内所 Tourist Information もある広場。バントリー湾を見渡しているのは、2024年に他界した彫刻家イモ―ジェン・スチュアート Imogen Stuart による聖ブレンダン Saint Brendan の像。聖ブレンダンは楽園探索の航海をしたとされ、船乗り、旅行者の守護聖人だ。

バントリーのスーパーで目立っていた西コーク産のウィスキー。こちらはグレンガーリフ Glengarriff の町の名を冠したシリーズ。 

私と夫は去年初めてこの音楽祭に参加した。去年は、バントリーから車で北西に20分ほど走ったところにあるグレンガーリフという町でもコンサートがあり、その町からフェリーに乗って常夏の島ガーニッシュ島 Garnish Island への小旅行を楽しんだ。アイルランド最大の県であるコークには見どころもたくさんあるので、今年も観光を兼ねて、いざ、西コークへ。

音楽祭のディレクターはフランシス・ハンフリーズ Frances Humphrys という人物で、彼の発案で 1996年に初めて音楽祭が開かれ、以来 30年続いているそうだ。

去年は気づかなかったが、メイン会場であるバントリーハウス Bantry House はもちろん、別の会場でも、フランシスさんは自ら音楽プログラムの紹介をしていたし、コンサート前後はミュージシャンや熱心なお客さんたちと熱心に交流していて、まさにこの音楽祭の「顔」だった。

オープニングコンサートなどが行われるバントリーハウス。ホワイト家という一家が18世紀から邸宅と広大な庭園を所有し、1946年から一般公開されている。結婚式や各種イベントの会場としても人気。

バントリーハウスの緑豊かな庭園。

コンサートはバントリーハウスの図書室で行われる。きらびやかな家具や調度品に囲まれていると、室内楽が実際に演奏されていた貴族の館にタイムスリップしたような気分になる。主なコンサートはラジオ中継で放送され、ヨーロッパの数か国でもオンエアされる。

バントリーにはほかにもいくつか室内楽フェスティバルのコンサート会場がある。ここは聖ブレンダン教会。

今年のオープニングコンサートは、ピアニストのアンナ・フェドロバ Anna Fedorova と、バイオリニストのダイアナ・チシュチェンコ Diana Tishchenko によるプロコフィエフのバイオリンソナタなどだった。金髪で小柄なチシュチェンコはウクライナ出身。もしや、あのときの、と思って調べたら、やはり、私たちは彼女の演奏を以前に聴いていた。2022年、ロシア人ピアニストの演奏を聴くためにブダペストに行ったのだが、彼は体調不良のためにキャンセル。その代役として舞台に立ちオーケストラと共演したバイオリニストが、彼女だったのだ。

ブダペストの大ホールでは震える小鳥のようにか弱く見えた彼女が、4年の時を経て、手を伸ばせば触れられるような近い届くようなところから、満身の力を込めて繊細かつ芯のある音色を奏でてくれるとは。

今年はコンサートだけでなく、楽器職人のコーナーにも行ってみた。癖のある依頼人(バイオリニスト)の逸話などが聴けると期待して、弦楽器職人 luthier のジェレミー・レグラン Jeremie Legrand さんによるトークに参加すると、話のほとんどはバイオリンに使う木の話、それも木の年輪についてで、これまで聞いたこともなかった単語「年輪年代学 dendrochronology」が連発された。同じ木でも産地や乾燥期間、木目によって音の出方がまったく変わってくると熱く語るジェレミーさんの木へのこだわりにタダならぬものが感じられ、面白かった。

楽器職人のトークイベントの会場。音楽祭の期間中、楽器職人たちはここで自分の作った楽器を展示したり、音楽祭に使われるバイオリンなどの調整などを行うようだ。

バイオリンの表の板にはスプルース(モミの木によく似ているマツ科の針葉樹)、裏面などにはメイプル(楓の仲間)が使われるそう。

ダブリンでクラシック音楽を聴きに行くと、どのコンサート会場でも必ず知り合いと出くわす。まさかコークでは誰とも会わないだろうと思っていたら、バントリー・ハウスの会場で案の定、顔見知りの女性と遭遇。彼女は夫婦で毎年数日間ダブリンからこの音楽祭に来ていて、いつも必ず同じ席に座るのだそうだ。翌日の会場でも、見渡すと彼女たちの姿が。手を振り合いながら、きっと私たちもまた来年ここに戻ってくるだろうなと思った。