作家の訃報が相次いでいる。今月94歳で亡くなった黒井千次の『春の道標(みちしるべ)』を読んだのは、高校生のときだった。

確か、当時受講していた進研ゼミの通信教材に、本の一節が国語の小説読解の問題として載っていたと記憶している。

主人公の男子高校生が、意中の女の子と土手だか丘の上だかでキスをするシーンだった。何度も何度も唇をしゃにむに重ね、唇やその周りが痛くなった、という生々しい描写に、私はどぎまぎしたことを覚えている。受験勉強の教材としてよくこんな艶っぽいところを選んだなあと思った。

私は主人公らがどうなったのかが知りたくて、教材に記されていた本のタイトルをメモして図書館で求めた。あるいは文庫本で買ったのかもしれない。そうして全編通して読んだ『春の道標』は、期待していた以上に面白かった。

戦後の東京を舞台に、主人公の倉沢明史(あけし)が、政治運動、文学への志、両親との葛藤、そして恋愛にもがく。『春の道標』は作者黒井千次の自伝的小説であり、続編もあると知ったのは、大学生になってからだ。続編の『黄金の樹』も私にとって特別な作品になった。

『春の道標』は文庫本で持っていたと思っていたが、こちら(アイルランド)にあるのは単行本の『黄金の樹』だけだった。

7月に、まだ60代の若さで東野圭吾さんが亡くなったのには少なからずショックを受けた。

ちょっとSF要素のある青春小説『パラレルワールド・ラブストーリー』は、書き出しが秀逸だ。

線路は全く違うが、二つの電車が同じ方向に、しかも同じ駅に止まりながら進んでいく場合が時折存在する。

乗り入れ路線の多い駅では誰しもこういった経験があるだろう。数秒間、別の電車と平行に動いていき、その電車の乗客と何となく目が合ったりする。あの人たち、どこに行くのかなとちょっと気になったりして。情景が目に浮かんでものの数秒でぐいっと引きこまれた本だった。

ほんの数年前に読んだ『白夜行』は、主人公たちの境遇が切なすぎて再読はまだしたくはないが、様々なシーンが脳裏に深く刻み込まれている。東野作品はかなりのものが英訳されているので、夫に英訳版『Journey Under the Midnight Sun 』を読むよう勧めた。私が就寝前にベッドで『白夜行』を読みながらそうしていたように、夫もベッドで英訳本を読みながら思いにふけっているようだった。

今手元に置いているのはこの 5冊。

そして数日前には、村上龍の訃報。代表作の数冊しか読んでいないが、高校3年生のとき、学校の図書館にあった彼と坂本龍一(ふたりの「龍」)とゲストとの鼎談集『EV.Café(イーヴイ・カフェ) 超進化論』を読んだことは鮮明に覚えている。

読んだというより、数段落ずつ、何とかわかるところだけ拾い読みをしたという方が正しい。ゲストは吉本隆明、河合雅雄、浅田彰など、名前だけは聞いたことはあった6人の現代思想を代表する人たちで、とにかくこの人たちと繰り広げる哲学談義、文学談義、音楽談義などには全くついていけなかった。「ふたりの龍さん、頭良すぎ」と感服するだけだった。

数多くの作品を遺してくれた作家たちに感謝したい。私の青春時代に彼らの作品の一部に触れられて本当に幸福だったと思う。