There’s always something! 人生いろいろ、いつも何かしらが起きる。私はこの夏、生まれて初めて松葉杖のお世話になってしまった。

スペインのトレドで足首を痛め、そのままダブリンに戻ってきた私。腫れは少しずつ引いていったが、足首の痛みは引かず、平らではない地面を歩くときには、カニのように横歩きをしないと顔をしかめることになる。ケガをしている右足を無意識のうちにかばって歩く結果、右足の股関節や左足にも負担がかかるようになってきた。

これはいけないと、トレドでのケガから2週間経ってやっと病院に行くことにした。

ドクターは、私の右足首のレントゲンの写真を一瞥すると、私の方を振り返り、

「You didn’t realise it’s broken? 骨折してるの気がつかなかったの」

とやけに楽しそうに言ってくれた。捻挫 sprain だと高をくくっていたが、骨折 fracture だったとは。幸い、手術は必要なく、固定をしていれば自然に治るということで安心はしたが、その場で私は松葉杖生活を宣告され、膝まで隠れる重いブーツも渡された。足首を固定するこのブーツは、シャワーを浴びるとき以外は、寝るときでさえも常に着用すること、と釘を刺された。

アイルランドの大手健康保険会社 Vhi Health Care の運営するクリニックで診てもらった。

写真左のイラストは、日本でよく使用されているタイプ。右が私が使用したアイルランドのスタンダードな松葉杖。上の輪の部分を肘にとおして安定させるのだが、最初は肘に輪があたって痛くなった。夫や同僚に試してもらうと、私の前腕が彼らより短いために、ちょうど輪が肘にあたってしまうことがわかった。だが問題は肘の角度だったようで、それに気をつけると肘を傷めずに杖をつくことができた。

上司に頼めば数週間のリモートワークも認めてもらえたはずだが、夫が車で職場まで送り迎えのできる日はなるべく普段どおりに仕事に行くことにした。私が家でできるタイプの仕事は限られているし、家にいるとどうしても気持ちがタルんでいろいろな誘惑に負けてしまうから。

家の中でもブーツを着用。わが家は土足厳禁なので、帰宅する度に、外でついた汚れをウェットティッシュなどで数分かけて落とした。ブーツのヒールと高さを合わせるために、スリッパや室内用サンダルを着用。ピアノの練習は、ペダルを使えないのはもちろんのこと、足首に重心をかけられないので、ペダルなしでの練習も難しかった。

数回だけだが、松葉杖をついてバスに乗ることがあった。必ず誰かが優先席や乗降口に近い席を譲ってくれたので、有難く座らせてもらった。

職場では、「How are you? 元気」とか「How’s your weekend? 週末どうだった」の代わりに、「How’s your foot? 足はどう」と皆が聞いてきた。去年膝を痛めて松葉杖を数カ月ついていたイタリア人の同僚は、イタリアの街角では松葉杖をつく彼女を気にかけてくれる人は稀で、ぽんっと誰かとすれ違った瞬間に倒れそうになったりと、怖い思いもしたそうだ。ダブリンでは、私がゆっくり松葉杖をついて歩いていると、「大丈夫?私も以前ケガして大変だったのよ」と何回か話しかけられ、ケガ話に花が咲いたりした。

日本ではどうだろう。

旅行先でケガをしたと話すと、「ちゃんと RICE 処置できた?」と聞いてくる人も。確かに、トレドで夫は「ライスやらなきゃ」と言い出した。米がどうしたと一瞬思ったのだが、もちろん彼は応急処置のことを言っていたのだ。2年半前に応急手当の講習を受けたときに私も習ったはずだったが…。

RICE処置(応急処置): 打撲や捻挫、骨折など、急なケガをしたときに、病院で治療を受けるまでのあいだにすべき基本的な応急処置。

  • R(Rest / 安静):ケガをした部分を無理に動かさない。タオルや添え木などで固定する。
  • I(Icing / 冷却):氷嚢や保冷剤(タオルを巻く)などで患部を15〜20分ほど冷やし、腫れや痛み、内出血を抑える。
  • C(Compression / 圧迫):弾力包帯やテーピングで適度に圧迫し、出血や腫れが広がるのを防ぐ。
  • E(Elevation / 挙上):患部を心臓より高い位置に上げて、内出血や腫れを抑える。

こうして松葉杖&ブーツ生活が2週間続いた。医者にまた診てもらうと、松葉杖はもう使わなくてはいいというお許しが出た。ブーツは夜は脱いでベッドに入ってもいいよ、とも言われた。重いブーツをはいていると寝返りもなかなか打てなくて辛かったので、これは嬉しかった。

さらに2週間経ち、晴れてブーツからも解放されることになった。以来、リハビリをしながら、友人と会ったり映画を観に行ったりという日常に少しずつ戻っている。スペインで、あるいはダブリンに帰ってすぐに医者に診てもらっていたらもっと治りも早かっただろうと悔やまれるが、今さら言っても仕方がない。

ところで、スペイン到着日にマドリード空港に現れなかった我々のスーツケースはどうなったかというと、トレドにいるあいだに航空会社から「あなたのスーツケースがベルリンで見つかりました!」というメールが来た。なぜかダブリンからベルリン行きの便に乗せられていたのだ。ドイツに一人(?)で心細かっただろうに。

アイルランド帰国の翌日にスーツケースを自宅に配達してもらうよう手配できた。トレドで買うことになった洗面用具や着替え類などについては、レシートを控えておき、ダブリンに戻ってから航空会社の所定のフォームを通じて申請。ひと月以上かかったが、私が指定した銀行口座に返金された。

サラゴサでは友人がパジャマなどを貸してくれたし、必要最低限のものしか買わなかったから荷物もさほど増えず、むしろ「スーツケースなしで旅行できるのはかえって身軽でいいな」と思ったぐらいだった。だがやはり、今後は少なくとも一泊分の着替えや歯ブラシなどは機内持ち込みのバッグに詰めるべきだと心に刻んだ。

何だか学ぶことの多い旅行だった。