地中海クルーズ① バルセロナ、モデルニスモの靴紐
例年より曇天や雨の日が多く、まぶしい陽の光が苦手な私でさえうんざりしてしまった今年の冬。アイルランドを「脱出」して地中海にやってきた。
今回の旅は、実は大型客船で行く地中海。夫はクルーズ旅行には興味がないが、私はアガサ・クリスティーの『ナイルに死す』の映画版、これは誰がポアロ役でもいいのだが、数ある映画版をテレビで観て以来、いつか洋上を旅したいと憧れていた。だから友人から地中海クルーズ旅行の誘いがあったときは一も二もなく飛びついた。バルセロナ港から乗船し、7泊してまたバルセロナに帰ってくるという日程だ。
7泊の旅行日程。バルセロナ(スペイン)→マルセイユ(仏)→ジェノバ(伊)→チビタベッキア(伊)→シチリア島メッシーナ(伊)→ヴァレッタ(マルタ共和国)→終日洋上→バルセロナ

ライアンエアーでダブリンを出発、3時間弱でバルセロナ空港へ。青いジャージ姿の十数人のスポーツ少年たちが同乗していて(みんな似たような髪型で面白い)、少し乱気流での着陸に盛り上がっていた。
クルーズ船への乗船に万が一でも遅れては危険だと、バルセロナに前泊をした。私にとってはバルセロナは十数年ぶり2回目の訪問。前回行っていなかったガウディ初期の傑作であるグエル邸と、ガウディと同時代に活躍したモンタネールの手によるカタルーニャ音楽堂に行くことにした。

バルセロナ旧市街にあり、ホテルからもすぐだったグエル邸 Palau Güell。19世紀の終わりごろ、ガウディのパトロンだった実業家のエウゼビ・グエル伯爵のために造られたもの。グエル家族の住居、また当時のブルジョアジーの集まる社交的な空間となった。

入り口の鉄製の大きな格子扉は、外から中は見えないが中から外はこうして見えるような構造になっている。空間と光の織り成す絶妙な美が建物全体に見られ、ため息と感嘆の声があちこちから上がっていた。

1908年に完成したカタルーニャ音楽堂 Palau de la Música Catalana。一時期はバルセロナの建築学校でガウディの師でもあったリュイス・ドメネク・イ・モンタネール Lluís Domènech i Montaner の最高傑作と言われている。

モンタネールは19世紀末に起こったスペインにおけるアールヌーヴォー(新芸術)「モデルニスモ」の先導者であり、サンパウ病院なども手がけた。イスラム文化の影響を受けた色とりどりのモザイクの柱、花模様のデザインなどが特徴的。

音楽堂の中はセルフガイドもできるが、私は事前に英語のガイドツアーを申し込んでおいた。ツアーは合唱のリハーサルが行われる部屋から始まった。そもそもこの音楽堂はカタルーニャの伝統音楽を歌う合唱団のために建築されたのだそうだ。

太陽を模した天井の巨大なステンドグラスから光が注ぎ込む大ホール。ツアーで午後に、そして夜にまたピアノコンサートのために訪れたので、時間によって異なる光の加減を体感した。

ロシア出身の名ピアニスト、グリゴリー・ソコロフ Grigory Sokolov の演奏を聴くことができた。アンコールはショパンの前奏曲のひとつを含め5、6曲も披露!

コンサート前に入ったカフェ Caelum では、スペインの修道院で伝統的に作られてきたレシピをもとに作られたお菓子やケーキが味わえる。

夜ごはんの代わりなのでお腹にたまるものを、とキャロットケーキを注文したが、あまり私の期待した味ではなく、もっとおいしそうなケーキにすればよかったとちょっと後悔。店内は居心地よく、ひとりでもゆっくりできた。

音楽堂のツアーの参加者は音楽堂のギフトショップの割引券がもらえたので、それを使ってモデルニスモのデザインの靴紐を買ってみた。8ユーロだったが、3ユーロの割引で 5ユーロになったのでなかなかお買い得。
こうしてバルセロナの空気を満喫してから翌日港に向かい、停泊していた巨大な客船に、いざ乗船。これからクルーズ旅行が始まります。

乗船後、船室(キャビン)の用意ができるまでのあいだ、船のバイキング形式のレストランで最初の食事。バルセロナ港から青い地中海が広がる。

今回の旅のお供の文庫本はその名もずばり、『ガウディの鍵』。そしてバルセロナ旧市街のアクセサリーショップで購入したピアス(18ユーロ)。お土産物も食事も、バルセロナよりダブリンの方が物価が高いとしみじみ思った。
