3月15日に迫った第98回アカデミー賞授賞式を意識して、年明けからノミネーション作品をいくつか映画館で鑑賞している。

アイルランド人俳優二人が主演を飾る『ハムネット』はもちろん、家族の歴史が個人にもたらすトラウマと葛藤を見せつけてくれた『センチメンタル・バリュー』は見ごたえあり。『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』は、口ひげ姿のティモシー・シャラメが汗を飛び散らしながらあちこちを走り回る姿が印象に残る。

賞レースには乗らなかったが、見終わってとても幸せな気持ちになり、愛着がわいた作品がある。日本でも現在公開中の『レンタル・ファミリー』だ。他人の人生に「レンタル家族」として入り込むというサービスを取り上げたこと自体がまず面白いが、そのレンタル家族になるのが東京に住むアメリカ人俳優(ブレンダン・フレイザー)、というのがまた興味深い。

大きな身体を隠すようにして東京の雑踏を歩き、電車に揺られて眠りこけ、暗いアパートに帰って一人でビールを飲むブレンダン・フレーザー。優しく悲しげな彼の眼は、何だか飼い犬に「くぅん」と見上げられたよう。この作品、ドラマ化されていろいろな「レンタル」エピソードが語られたら嬉しいなあ。

そしてそして、待ちに待った『国宝』ですよ。日本で社会的現象を巻き起こして超ロングランになった、2025年を代表する映画『国宝』がダブリンにも来ました!

『国宝』は、ダブリン国際映画祭の上映作品のひとつ。上映館はスミスフィールド広場 Smithfiled Square にある映画館ライトハウス・シネマ。

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訪れたのは日曜日の午前中で、Smithfiled Horse Fair が行われているときだった。馬の市というよりも、この広場で伝統的に開かれてきた Horse fair がダブリン市議会によって規制されたことへの反対運動 protest として人々が集まっていたようだ。

ダブリン国際映画祭の最終日に上映された『Kokuho』。チケットはひと月以上前にネットで購入したが、上映日の 2週間ほど前に確認したら売り切れていた。

能も歌舞伎も一度ずつしか観たことのない私は、おそらく一般的な日本人ではないだろうか。そんな私も歌舞伎の舞台にうっとり、作り込まれた美の世界に目を奪われた。この映画を機に日本で歌舞伎への関心と人気が高まっているというのは大いにうなずける。

主演の吉沢亮さんがとにかく、恐ろしいくらい迫力があった。彼の前作、コーダ(聴こえない親から生まれ育った子)を演じた『ぼくが生きてる、ふたつの世界』は観ていたが、まるで同一人物とは思えなかった。『ぼくが生きてる…』では役のために手話を学び、今回の『国宝』では歌舞伎。役者というのはすごいとしみじみ思った。女形になりきってのあの流し目、魅せられてふらふらと近寄ってしまうお客さんの気持ち、わかる!

英語字幕だったので、歌舞伎の演目に短く解説がついていたのがありがたかった。そして、日本語では「おはようございます」と言っているのに英語字幕では「Good afternoon」となっているのが面白かった。日本の芸能界、映像業界では、何時であっても「おはようございます」と挨拶するものだが、英語圏ではそういう風習はない。

『国宝』の撮影監督はソフィアン・エル・ファニというチュニジア出身のカメラマンで、私の「人生で観た映画ベストテン」に入る『アデル、ブルーは熱い色』も撮った人だ。フランスの女子高生アデルがある女性と街角で運命的な出会いをするのだが、この出会いのシーンで強烈に私の脳裏に焼き付いているのは、相手の女子大学生がアデルにくれる流し目。これでアデルの人生は決まってしまったと思う。

『国宝』のアイルランドでの一般公開は来月の4月らしい。たくさんの人と映画について、そして流し目について(?)語り合えるのが楽しみだ。