3年ぶりのパリ。前回は食べる機会のなかったタルタルステーキ、そして生ショコラケーキにありつき、何だか「ナマ」が食のテーマの旅行になった。

旅行のときは、なるべくその国や町が舞台となった本を持って行って、飛行機を待っているあいだやちょっと空いた時間帯に読むようにしている。今回の旅のお供は、数年前にフランスで話題になったミステリーの邦訳、『パリのアパルトマン』。売れっ子作家ギョーム・ミュッソの作品で、つらい過去をもつ2人の主人公、元刑事のイギリス人女性と劇作家のアメリカ人男性がパリで思いがけない形で出会い、ある天才画家の人生とその作品をいっしょに辿ることになる、という筋立てだ。

物語の半分以上はパリで展開するので、ダブリンでの日常から離れた旅のムードを盛り上げてくれた。謎解きよりも登場人物の関係性や精神状態の変化が気になり、最後の100ページほどはページをめくる手が止まらなかった。

5日間の滞在の3日目。朝方、まだ人の少ないルーブル美術館の3つのピラミッドのある広場を通ってセーヌ川を渡る。『パリのアパルトマン』に出てきた画材屋さんはこの辺りにあるという設定だっけ、と思いながらオルセー美術館へ向かった。申し込んでおいた英語のツアーに参加するためだ。

ガイドツアーはナタリーさんという茶目っ気たっぷりのガイドさんのワンマンショーで、何度も大笑いさせられた。説明してくれた絵よりも脱線話が印象的。ナタリーさん世代のフランス人女性に多い名前(ナタリー、ヴァ―ジニー、ヴェロニークだそうだ)、フランス人のよくする仕草など、この先も記憶に残りそうだ。

ツアーのあと少し夫と2人で美術館を周り、今日はアートはもう十分だなと思ったころには遅い昼食の時間帯となっていた。オルセー美術館から歩いて数分の通りにある Café de l’Empire というレストランに入ってみると、感じのよいウェイターさんがすぐに席に案内してくれた。

メインだけの日替わり料理のプラ・デュ・ジュール Plat du jour に追加して、ウフ・ア・ラ・リュス(Oeufs à la russe ロシア風卵、という意味)という前菜の卵料理を注文した。パリで50年代にシャンソン歌手として活躍した石井好子さんの名作エッセイ『巴里の空の下 オムレスのにおいは流れる』でも紹介されていた料理だ。ゆで卵とレタスだけで、たっぷりのマヨネーズといっしょにいただく。こんなにシンプルなのに、店によって温かさ加減も味も全然違う。

こちらは今回のパリ旅行の初日に行ったオペラ座近くの La Taverne de l’Olympia で食べたウフ・ア・ラ・リュス。ちょっと写真のピントが合ってませんが、卵の黄身自体の味にコクがあり、バジルソースもかかっていておいしかった。

Café de l’Empire でのメインディッシュ。私のはクリームソースのかかった 2種の魚料理にブロッコリーの入ったオムレツ。オムレツがフワフワで嬉しい。夫は表面だけ少し焼いたタルタルステーキとフレンチフライ。もちろん私もちょっともらう。生のお肉を口に入れて反芻しているとお肉そのものの繊細な味がじわっとしてくる。

私たちの座った席は入口からすぐ近くで、ガラス越しに通りを行き交う人の観察ができて楽しかった。Café de l’Empire、お勧めです。

翌日、私は15区にあるレストラン Restaurant Les Tontonsパリ在住の日本人アーティストの方と会った。この界隈のホテルに以前数回泊ったことがあり、そのときに何度か食事をしたタルタルステーキが専門のレストランだ。

あまり観光客は訪れない地域だが、隣りのテーブルの母娘も日本人だった。パリにワーキングホリデーで来ている娘さんと、娘さんのパリでの最後の3カ月をいっしょに過ごしているフランス大好きのお母さま(私と同い年)。この店のステーキに入っている香辛料や付け合わせ(サラダとフレンチフラ)などについて教えてくれた。ステーキタルタルとひと口で言っても、さまざまな種類があるのだ。と女性4人で盛り上がった。

写真手前は濃厚なフォアグラの載ったタルタルで、表面を少し焼いてもらった。写真奥のはクルミとブルーチーズ入り。見てください、このプリンのようなお肉の盛りつけ。お肉には香辛料やピクルスがたっぷり入っていて、あまり生肉を食べている感じがしなかった。

4泊5日滞在したアパルトマンは、パリの南西、といってもパリ市に隣接するIvry-sur-Seine(イヴリーシュルセーヌ)という町の大通り Av. de Verdun から入ってすぐ。アイルランドに帰国する前日、この大通りにある最寄りのパン屋を初めてのぞいてみた。

Boulangerie Pâtisserie F という名前のパン屋さん。

ちょっと甘いものを物色しようとケーキを見てみると、エクレアや tarte aux fraises(イチゴタルト)と並んで「Nama chocolate cake」なるものがある。Namaって、生チョコレート?

1月中旬のこの時期はまだ、フランスのどこのケーキ屋もパン屋もガレット・デ・ロワ Galette des Rois「王様の菓子」が売られていた。東方の三賢者がイエスの生誕を祝いにやってきたという 1月6日の公現祭(エピファニー)を祝う日に食べられる、パイ生地にアーモンド生地(フランジパーヌ)が入った焼き菓子だ。このパン屋では、抹茶と小豆入りガレット・デ・ロワも売っているという。フランスの伝統の焼き菓子に日本の伝統の味、ちょっと気になる。

今回はすでにほかの店のガレット・デ・ロワを食べていたので、ここのお店の日本風ガレットはいつかまたにしようと、生ショコラケーキだけ買った。

他にも「Okinawa」という名前のついたケーキが売られたりしているので「え、何、Japanese cakes?」と夫と話していると、優しい店員さんが「私のボスは日本人なんですよ」と教えてくれた。沖縄出身ではないそうだが。翌日の朝にはその日本人の方がお店に出ているということだったが、残念ながら会う機会はなかった。

この生ショコラケーキ、チョコレートクリームが絶品で、また食べたい! パリに来るのはまた3年先になるかもしれないが、この日本人シェフの方が作るケーキを食べにパリ郊外まで足を運ぶ価値はあります。