年が明け、2026年、令和8年に。わが家では毎年ささやかながらおせち料理を数品作って元旦を迎える。今年は伊達巻に初めて挑戦してみた。

伊達巻を作るには普通ははんぺんを使うそうだが、はんぺんはいつも行くアジア食材店では見当たらなかったので、お豆腐と長いも yam で代用することに。卵に混ぜてしっかり生地を裏ごしして、フライパンの代わりにオーブンで焼いてみる。かなり均等に焼けた生地を巻きすで巻くと、あら、伊達巻っぽいものができあった。

ちょっと小さくて白っぽいけど、甘くておいしい伊達巻ができました。余った長いもはすりおろして少量を納豆と混ぜて食べたら、口に残る納豆の後味が何だかさっぱり感じられて、新発見した気分。

今年のなんちゃっておせち。元旦の朝にいただきます。

おせち料理を食べ終わるころ、10時15分からウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるニューイヤーコンサートのテレビ生中継が始まる。日本では夜7時からの放送のようだから、私も日本では夕飯どきに観ていたのかな。

アイルランドのチャンネルで観るか、イギリスの BBC放送にするかで一瞬迷ったが、結局アイルランドの RTÉ(Raidió Teilifís Éireann)にチャンネルを合わせた。ナレーターの耳馴染みのある声は、よく聴くクラシック音楽専門のラジオ番組を担当している人のものだ。

演奏が始まって数分で、毎年感じる違和感を今年も感じてしまった。ウィーンフィルの奏者は「白人のおじさん」だらけ!

若い人が少ないのは、世界中に配信されるもっとも重要なコンサートなのでベテランの団員を中心に構成するのだと考えて、まあよしとする。ただ女性奏者はどうか。画面でかぞえると、ほんの数人しかいない。

調べてみると、ウィーンフィルは女性奏者を受け入れるようになって30年も経っていないそうだ。近年少しずつ女性の団員も増えているそうだが、アイルランドの主要なオーケストラの男女比がほぼ同数であるのに慣れているこちらとしては、音楽にあまり集中できないくらい気になってしまう。

何だかなあと落胆し、もどかしく感じたりして、心が晴れない。これは「胸がもやもやしている」心境だ。

ポッドキャストのヘビーリスナーである私は、日本から配信されるさまざまな番組で「もやもやする」「モヤる」という表現を毎日のように耳にする。20年前には「霧や湯気や煙が立ち込める様子」や「心にわだかまりがあって、はっきりしないさま」だった「もやもや」だが、最近は、何となく感じる苛立たしさや反発を表すことにもよく使われているな、と思う。

三省堂の「今年の新語 2018」では、「モヤる」が 2位に選ばれ、「負の感情の婉曲表現」と紹介されていた。なるほどね。ちなみにこの年の1位は「映(ば)える」、前年2017年の1位は「忖度(そんたく)」で、どちらの言葉も私は使ったことがない。

話をニューイヤーコンサートに戻します。今年のプログラムの一部では、フローレンス・プライス Florence Price ともう一人の女性音楽家の作品も取り上げ、女性に焦点を当てる選曲になっていた。だからこそ、女性奏者があまりにも少ないことが目立った。演奏の合間に流されるバレエのダンスシーンでは女性ダンサーの方が多かったから、そこで均衡を保とうとしているのかもしれない、などと無理やり理由づけをしたりして、最後までもやもやしながらコンサートを観た。

来年の元旦はもっと落ち着いて音楽を楽しめるといいのだけれど。

ダブリン城の入口。年末年始の3日間、New Year’s Festival Dublin(NYFDublin)が開催された。

「Love from Dublin」と書かれた写真撮影スポット。左手奥の特設会場では、人気のロックバンドやアイリッシュ音楽のミュージシャンによるコンサートが催された。

今年2026年の後半はアイルランドは欧州連合(EU)の議長国を務める。各国からの要人が集まるダブリン城は警備が強化されるため、7月ごろから半年間は一般公開されなくなるそうだ。