2024年、初冬の日本を後にしてダブリンに戻るとき、飛行機の乗り継ぎ地点はイスタンブールだった。

イスタンブールには10年以上前に夫といっしょに訪れたことがある。イスタンブールの旧市街と新市街を探索し、ボスボラス海峡をフェリーで渡ってアジア側に行ったりして、東洋と西洋の交わりを体感した。今はイスラム寺院に戻ったアヤソフィア(ハギア・ソフィア)大聖堂は、当時はまだ博物館として自由に見学できた。しぼりたてのざくろジュースに夫は感激し、私は大好きな茄子を使った料理に舌鼓を打った。

いつかまたイスタンブールに来たいという気持ちを後押ししたのは、去年7月にダブリンで観た『Crossing』という映画だ。2024年は映画館で29本の映画を観たが、その中で一番印象に残っている作品だ。

監督はジョージアにルーツをもつスウェーデン人、レヴァン・アキン Levan Akin。『Crossing』は日本での公開はないようだが、アート系の映画配信サービス MUBI で配信している。 

トルコの隣国ジョージアに住む引退した歴史教師リアが、行方不明になっている姪を探しにイスタンブールに行くという筋書だが、主人公はリアのほかに、彼女の旅の道連れとなる若者アチ、そしてイスタンブールで働くトランスジェンダーの女性エヴリム、と複数いる。行方不明の姪もトランスジェンダーであり、そのためにジョージアの田舎にはいられなくなり、イスタンブールという都会に出て来た。どんな種類の人間も拒まず吞み込んでいく、大都会の混沌とした魅力が描かれた出色の作だ。

レヴァン・アキン監督の長編前作は『ダンサー そして私たちは踊った』(And Then We Danced: 2019)だが、『Crossing』でも何回かダンスのシーンが出てくる。どれも踊りを通じて主人公たちの内面が現れる重要なシーンだ。日本の盆踊りのように手を上げてくるくる回るこの踊りが、とてもいいのだ。西洋音楽のビートとは違うリズムが心地よく、私も映画を観ながら心の中でいっしょに踊っていた。踊りながら、自分の気持ちも解放されていくような気がした。

11月の日本帰国のために航空会社を物色しているとき、決め手となったのは、トルコ航空が主催している無料のイスタンブールツアーだ。トルコ航空の国際便で、イスタンブールでの乗り継ぎ時間が 6時間以上ある場合、その時間帯によっては「ツアーイスタンブール Touristanbul」という市内観光ツアーに参加できる。空港から街までの送迎、ガイド、食事まで全てタダ。トルコ航空、とてつもなく太っ腹。

「ツアーイスタンブール」は毎日 7種類のツアーを提供している。空港の制限内エリアにある Touristanbul 案内窓口に寄ったら、到着ロビーとその先にあるツアー申し込み窓口までの地図をくれた。

私は朝 6時前に羽田からイスタンブールに到着した。午前 8時から 11時半のショートツアーに参加すべく、着いたその足で入国審査を受け、到着ロビーに出てトルコに「入国」、そして空港内にある受付窓口に向かった。帰りのダブリン便の時間などを伝えて無事に受付を済ませ、ほっと安心。事前予約もネットからできるが、胸に下げる参加証をもらうために受付は一度通られなければいけないようだ。

ツアー開始時間が近づくと係の人たちが現れ、参加証を確認しながらバス乗り場まで連れて行ってくれた。この回の参加者は何と 120人強だったため、2つのバスに分かれて乗り込んだ。

イスタンブール市街までバスで片道 4、50分かかるため、朝のショートツアーはほぼバス観光ツアーだ。バスの中でガイドがイスタンブールの歴史や見どころを説明してくれた。

ベシクタシュ Beşiktaş 地区にある、ヨーロッパ側のボスボラス海峡の目の前にあるレストランに案内された。

トルコ名物、ゴマのついたリング状のパンのスィミットサラユ Simit Sarayı がチーズとヌテラ(チョコ風味のスプレッド)と共にふるまわれた。パンを半分ほど食べたところで紅茶(チャイ)が配られた。

イスタンブールといえば、猫。まるで街自体が飼い主であるかのように、通りも店の中までも我が物顔でうろついている。そういえば前回の旅行でアヤソフィアに行ったときは、陽の光がよく当たる聖堂内で猫が幸せそうに丸くなっていた。

レストランはドルマバフチェ宮殿 Dolmabahçe Sarayı の隣。朝食を手早く済ませれば自主的に見学する時間もあったのだが、この日(月曜)は休館日。宮殿横の公衆トイレを使うだけとなった。

朝食後、バスで少し走ってガラタ橋 Galata Bridge で小休憩。イスタンブールの旧市街と新市街を結ぶこの可動橋は、地元の人たちの釣り場、観光客にとってはいくつものモスクや市街地が写真に収められるフォトスポットである。

あいにくの雨でほとんど外を歩けなかったが、ツアー同伴者たちと少し話ができたのは収穫だった。レストランで相席をしたマレーシア人の青年は、エジプトの大学で5年間イスラーム法の勉強を修め、これから故郷に帰るところだった。医師である母親が日本の学界で発表したことがあり、それで両親は日本に行ったことがあるが自分はない、いつか行きたい、と話してくれた。

もう一人は同年輩の日本人女性。海外生活の長い日本人か、それとも日系人かな、と集合場所のときから気になっていたのだが、聞けば向こうも私のことを同じように思っていたそうだ。お互い日本出身だが海外生活が20年以上、おそらく態度や表情に現れるのだろう。彼女は「ツアーイスタンブール」の夕方に催行されるボスボラス海峡クルーズツアーにも参加したが、夜で暗くて景色はあまり楽しめなかったらしい。

イスタンブール・ダブリン便の機内食。ジューシーでご飯も進む牛肉のケバブをトルコ産ワインといっしょにいただき、今回のイスタンブール小旅行はおしまい。

映画『Crossing』の序盤の舞台にもなったジョージアという国にも、近いうちに行ってみたい。私の好きな画家ピロスマニを生み、ワインを大量に生産しているところだ。最近政情が不安定で心配だが、ダブリンから行くならトルコ航空でイスタンブールを経由して行くという手がある。そのときはまた「ツアーイスタンブール」のお世話になろうか。