バルセロナを離れたクルーズ船は、まずフランスのマルセイユに寄港し、それからイタリアのジェノバへ。

マルセイユでは、地中海に臨む丘の上に立つフランス最大級の大聖堂を見学したあと、丘の下にある博物館エリアへおもむいた。この近隣の海底で1991年に洞窟が見つかり、それを再現した体験型アトラクションが数年前にオープン。そこを見学するのが私のマルセイユでの一番の目的だった。

黒と白の層状の石が目を引く巨大なマルセイユ大聖堂。中の現代美術のインストレーションも見ごたえあり。

コスケール洞窟は旧石器時代にたびたび人間が訪れていたとされ、500以上の壁画が発見されている。一番古い壁画は約2万7千年前の人の手形の跡だという。当時は地中海の水面は今より120メートルも低かったそうだ。また、ラスコー洞窟等のほかの洞窟にも多く見られる馬や野牛のような大型草食動物だけではなく、コスケール洞窟ではアシカ、魚、ペンギンに似た鳥まで描かれているのが特徴的だ。

全長175メートルにも及ぶ洞窟の一部を再現した館内は、数人一組で乗り物に座って回り、音声ガイド(日本語はない)で壁画や鍾乳石などの詳しい説明を聴くことができる。最初のうちこそディズニーランドのアトラクションのようで興奮したが、30分以上暗い中を乗り物に乗ってゆっくり進むので、だんだん閉所恐怖症のような感覚になってきた。このあとに観た10分ほどの再現ドキュメンタリー映画の方が面白かったかもしれない。ベテランダイバーのアンリ・コスケールさんが、ある日ダイビング中に海中の岩壁に空洞を見つけ、そこから何年もかけて古代の洞窟を発見していくというのだから、ロマンがある。

洞窟の体感型ツアーが売り物のコスケール・メディテラネ。ツアー中は写真撮影は禁止。ギフトショップの売り物から壁画のバラエティをうかがい知ることができる。ペンギンに似た鳥は、南極ペンギン発見以前にペンギンと呼ばれていたオオウミガラスであるとされている。

マルセイユをあとにし、クルーズ船は翌日、イタリアのジェノバへ。ここで私には、やらなければならないミッションがあった。

朝食会場の一面の窓から、船がジェノバ港に入港する様子が見える。

クルーズ旅行の期間は中国の春節の時期と重なっていたため、中国人の乗船者が多かった。日本からも団体のツアー客が。そのためか、朝食のバイキングには必ず日本食があった。おかゆが特においしかったな。

私の同僚のひとりはミラノ出身。子どものころときどきジェノバに家族で遊びに行っていたという彼に、あるフォカッチャをジェノバで食べてみろと熱心に勧められた。ジェノバから南に数キロのところにある Recco という町の代表料理、チーズ入りの薄いフォカッチャ focaccia di Recco だ。

「Uno focaccia di Recco, per favore. レッコフォカッチャを一つください。」

このイタリア語を呪文のように暗記して、いざ、ジェノバへ。船を降りて一本道を10分ほど歩くと、水族館などがあるにぎやかな海岸沿いの一帯に出る。そこから大聖堂のある旧市街の中心地の広場まではもう10分ほどだ。

ジェノバのドゥオモ Duomo、サン・ロレンツォ大聖堂。マルセイユの大聖堂と同じ白黒の大理石の、ゴシック様式の表玄関が圧巻。中の宝物館(有料)に入りたかったのだがこの日は休館でした。

16・17世紀の富豪が建てた屋敷が建ち並ぶガリバルディ通り。今は美術館になっている元貴族の屋敷のひとつ、「白の宮殿 Palazzo Bianco」に行ってみた(写真中央奥)。

17世紀のジェノバ出身の画家、ベルナルド・ストロッツィ Bernardo Strozzi の作品が数点ある部屋では、一体何があったのかと心配になるくらい目がイッちゃっている女性たちの異様な雰囲気に、しばらくその場を動けなかった。

アントニオ・カノーヴァ(1757‐1822) Antonio Canova による大理石彫刻 Maddalena penitente(マグダラのマリアの回心)は少し足がすくむくらい迫力があった。

ヴァイオリンの名手、パガニーニはジェノバ出身。彼が実際に用いたギターやヴァイオリン、そしてヴァイオリンケースなども数部屋に渡って展示されていた。

「白の宮殿」の向かいには「赤の宮殿」があり、こちらも建物自体の装飾や展示品が見事なのだろうが、私はなるべく美術館は一日にひとつと決めているし、小腹もすいてきたので、いよいよ旧市街でフォカッチャを探すことにした。

狭い路地を適当に歩いていると、何となく感じのよい小さな広場に出た。ちょっと休憩ができそうなカフェが2軒建ち並んでいたので、そのうちのひとつ、Fossatello’s Border Cafe に入ってみた。

ピザやサンドイッチが入ったカウンターを横目で見て、「ウノ、フォカッチャ・ディ・レッコ、ペルファヴォーレ」と覚えた一文を眉間にしわを寄せて思い出しながら注文すると、「チーズフォカッチャ?」と若い男性店員が英語で返してきた。

持ち帰りかどうか聞かれたので「店内で食べる」と伝えると、一番奥の席が空いていると通してくれた。床は大聖堂の大理石のように白と黒の格子模様だ。

カウンターの上のワインボトルが目に入り、赤ワインも一杯注文。知らない街をひとりで歩き回って少し疲れて高揚した体にワインが少しずつ入っていく。気持ちいいなあと思いつつ店内を眺めると、狭い店内には10歳くらいの体格のいい男の子がいて、私の横の席でサンドイッチをほおばっている男性と盛んに会話をしている。その男性の奥さんと思しき女性が私のためにフォカッチャ生地を焼いてくれている。そうか、この人たちはみんな家族なのか、と気がついた。

気さくに写真撮影にも応じてくれたお父さん。トイレも清潔でいいお店でした。

注文を取ってくれた若い男性が広場にある外の席にお皿を運ぶ。この男性は家族の一員か、それとも雇われている人か。

レタスサラダといっしょに出された焼き立てのフォカッチャ。普通のフォカッチャはイースト入りの生地をふっくらと焼き上げたものだが、このフォカッチャ・ディ・レッコは発酵させていない生地で作られており、クラッカーのようにカリっと薄く、中にとろりとしたチーズがたっぷり詰まっている。

この日は日曜日。学校がない日曜の昼間、男の子は両親のお店で時間をつぶしているんだなと思い、ちょっと気の毒になった。

ジェノバでフォカッチャを食べる、というミッションを遂行して満足し、また旧市街をぶらぶらする。途中で別行動を取っている私の旅の友ともすれ違ったりして、「ジェノバは狭いねえ」と言い合った。

そしてしばらくすると、フォカッチャの店のお父さんと男の子が、手をつないで楽しそうにあの広場から歩いてくるのに出くわした。いっしょに家に帰るのだろう。ふたりの笑顔に、私もとても幸せな気分になった。