まるで常夏の島、ガーニッシュ島 Garnish Island に渡る
緑深いうっそうとした樹木が生い茂る小さな島には、手入れの行き届いたイタリア式庭園やギリシャ神殿のような建物もあり、まるでこの世の景色ではないかのよう…。
去年の夏とはうって変わり、アイルランドは今年5月ごろからお天気に恵まれている。7月頭、休暇をとってダブリンを脱出。朝は雨降り模様だったが、途中でお昼休憩も取りながらアイルランド南西部に向かって3、4時間ドライブすると、空と海がつながっているように視界を青く染めるいい天候になってきた。
目的地は、これまでいろいろな人から聞いて気になっていたガーニッシュ島 Garnish Island (Garinish ともつづる)。アイルランドはそもそも偏西風と暖流の影響で、高緯度に位置しているわりには温暖なのだが、ガーニッシュ島は、メキシコ湾流からバントリー湾 Bantry Bay に流れ込む暖流の影響で局地的な気候 microclimate となり、まるで亜熱帯。アイルランドでは普通は生息できないような植物や花が生い茂り、何ともエキゾチックな雰囲気をかもし出している。だから人々はガーニッシュ島のことを語るとき、まるでおとぎ話をしているかのような遠い目をするのが印象的だった。
ウエストコークにはいくつもの島が浮かぶが、ガーニッシュ島はその中でも約 15ヘクタール(東京ドーム 3つ分)と小さな島。グレンガーリフ Glengarriff という町から小さいフェリーか水上バスで約 15分でアクセスできる。(地図出典 https://westcorkislands.com/)

フェリーに乗り込み、出航後数分して本島をふり返ると、白い煙突が 2つついた家が見えた(写真左手)。アイルランドの誇る大女優モーリン・オハラのかつての邸宅だったとフェリーの乗組員が教えてくれた。写真右手にあるお城のような建物は、18世紀末に軍事目的で建てられたグレンガーリフ城 Glengarriff Castle。1970年代には高級ホテルとして栄えたが、近年は屋根のない廃墟となっていたのを最近北アイルランドのビジネスマンが購入。現在は修復工事が行われている。

見えるかな?オットセイ seal の親子を観察するのも短い船旅の見どころ。

まさに lush(緑豊か)!松の木などが防風林となって、ガーニッシュ島の植物を悪天候から守っている。
島の歴史はというと、19世紀のナポレオン戦争のころ、イギリス軍がこの島にマーテロー塔 Martello Tower と呼ばれる小さな防御塔を作った。それ以外は何もない岩山だったこの島を、1910年、ベルファスト出身の実業家・政治家のジョン・アナン・ブライス John Annan Bryce とその妻ヴァイオレット Violet L’Estrange Bryce がイギリスの陸軍省から購入した。
アイルランドの名家出身の父をもつヴァイオレットには、従姉妹にスライゴーの名家ゴア=ブース家の娘たち、エヴァとコンスタンス(彼女たちは女性参政権運動家などとして有名)があり、ウェストコークの海辺で従姉妹たちと少女時代を過ごしていた。夫ととの休暇でもこの地を頻繁に訪れていたことから、この島に理想の邸宅と庭園を作ろうと思い立ったという。
ギリシャ神殿や時計塔、7階建ての大邸宅といった壮大な計画が、当時の著名なイギリス人建築家・造園家 Harold Peto とともに立てられた。が、1917年にロシア市場が暴落してブライス家の財政が困窮し、大邸宅の実現はならなかった。
1923年に夫に先立たれたヴァイオレットは、ロンドンの自宅から島に移ってくる。スコットランド人の庭師 Murdo MacKenzie が島に防風林を作るなどして庭園の建設と整備に尽力。1930年代には息子のローランド Roland も島に移り住み、母親と庭師、使用人とともに暮らす。
The Veranda という建物で私たちを出迎えてくれたのは、何か気品の漂うトラ猫。茶トラ猫はこちらではジンジャーキャット ginger cat と呼ばれる。猫に目のない夫が夢中になってなでていたら、ちょっと機嫌を損ねられた。

島の管理をしているスタッフに猫の名前を尋ねると、「私たちはトムと呼んでるけど、庭師たちはオスカーって呼んでるよ」とのこと。数年前には別の猫がいたが、その猫が死んでから、vole というげっ歯類の小動物が増えたため、トム君がハンターとして雇われ(?)ることになったそうだ。

イタリア式庭園では、何人もの庭師が膝をついて熱心に手入れをしていた。この島のエキゾチックな植物、樹木、低木の多くは外来植物で、ブライス氏が南半球の旅行から持ち帰ったものなど。今ではそんなことできませんね。

ギリシャ神殿 The Grecian Temple は、屋根のない円形建築。ここから本島を眺める。

壁で囲まれたウォールド・ガーデン Walled Garden の中。

復元されたマーテロー塔。ブライス夫妻のもともとの計画ではここは音楽室になる予定だった。塔の上からの景色も雄大だ。

かつてコテージだった 2階建ての建物がエドワード朝様式の家に改築され、ヴァイオレットやローランドたちが住んだ。現在はガイドツアーで家の中を見学できる。

ブライス家がさまざまな著名人をもてなした居間。ローランドの友人でアイルランド初の大統領となったダグラス・ハイドや作家のバーナード・ショー、そしてミステリーの女王アガサ・クリスティーも客人だった。『亜熱帯植物園に死す』なんて本は書いていなかったっけ。

メイドとして雇われたマギー(Margaret O’Sullivan、愛称はマギー Maggie)は島に来た当初はまだ15歳。料理の仕方もよく知らなかったが、独学で何でも学び、ボートで本島から運ばれた牛乳からバターを作ったりもしたそうだ。

カトリックの熱心な信者だったマギーの部屋の壁には、イエス・キリストの絵がかかっている。雇用主であるローランドはプロテスタントだったが、教義の別、立場を超えて深い信頼関係で結ばれていたそうだ。

本島への帰りのフェリーがガーニッシュ島の船着き場に到着したところ。島は国の機関である OPW(Office of Public Work 公共事業局) によって管理されており、11月ごろから 3月上旬までは島は一般には公開されていない。

