罪の意識を感じさせるのはどちら
初めて私がゲイの人と直接的なかかわりをもったのは、ダブリンに移って半年ほど経ったころ、無印良品 MUJI でアルバイトをしたときのことだ。当時の店員の数人がゲイ男性だったのだ。
以来、現在の職場に至るまで、少なからぬゲイの人たちといっしょに仕事をしてきた。
10年ほど前に話は遡る。当時30代だった地方出身のアイルランド人女性と、毎日のように顔を突き合わせて仕事をした。
彼女は「Ex といっしょに住んでいる」と言っていた。Ex というのはラテン語で「out of、from~」つまり「~の外へ、~から」 という意味で、それが英語に入って「former(前の、元の)」という意味に発展していったそうだ。Ex-boyfriend(元カレ)、ex -girlfriend(元カノ)、ex-husband(元夫)などと使うが、「元同僚」の場合には ex-colleague は少しくだけて聞こえるので、正式な場では former colleague と言った方がいい。
それはともかく、彼女が「職場からすぐのアパートに住んでいる」、そして「I am living with my ex.」と言ったとき、私はその同居人が男性であると思い込み、he(彼)という三人称を使って「What is he doing? その人は何をしてるの」と気楽に尋ねた。それに対して彼女も「He’s a chef. 料理人だよ」と he で返してきた。
このことがこの後数年間も彼女を苦しめることになったとは、まったく思いもつかなかった。
ダブリンで一番大きいゲイバー The George のある通りの角で営業しているコンビニ SPAR は、ゲイのお客さんが特に多いため、Gay Spar と自ら称している。この Dame Street と South Great George’s Street の交差点の横断歩道も、プライドの象徴であるレインボーカラー。
家族や友だち思いの彼女は、お兄さんの話もときどきしてくれた。お兄さんはゲイで、パートナーの男性と暮らしていた。仕事の帰りに待ち合わせをしていたお兄さんに私を紹介をしてくれたこともあった。
数年間いっしょに働いたあと、契約期間が終わった彼女は私の職場から去って行った。その後は年に一度ほどどちらからともなく連絡を取り合い、飲みに行くようになった。
あるとき、2人で飲んでいると、「実は私、ゲイなの」と彼女が言ってきた。「えっ、だって…」と驚く私に、「そうだよね、元カレって言ったのを私が訂正しなかったからね、そのことにすごく罪の意識を感じてた」と彼女。
じゃあ、新しいハウスメイトだとばかり思っていた女性が ex だったのね。何でお兄さんはゲイって最初から普通に言ってくれたのに、自分のことは教えてくれなかったの?といろいろ言いたいことが口元まで出かかる。でももともとは、私が何も考えずに「元カレ(He)は何をしているの」と聞いてしまったのが発端だ。
「通り一遍の人だったらいちいち訂正はしないけど、〇〇(私のこと)には、いつか本当のことを話したいと思っていた」と彼女は言った。この日、「もう一杯飲もう!」とけっこう私をけしかけたのは、酔っていたらこの告白を受け止めやすくなるだろうと思ったかららしい。
「酔ってなくても全然驚かなかったよ!」と言ったが、ずっと思い悩んでいた彼女の気持ちを思うと今でも心が苦しくなる。
だからこそ、思い込みはいけない、と自分に言い聞かせるようになり、誰かが「my partner」などと言うときは、はっきりするまではジェンダーを確定する人称は使わないように心がけるようになった。
性自認が男性でも女性でもないノンバイナリーの人たちを指すときに、「he / she」ではなく「they」という代名詞を使うことも増えてきた。
でも、そもそも私の英語力だと、代名詞の使い分け、活用がぱっぱと完全にはできず、he(男性)を話題にしているときに「その人(he)の友人」を平気で her friend と言ってしまったりするから、そもそも聞いている方は誰が誰だか混乱することもある。ああ情けない。
日本語なら「その人」「つきあっている人」などと、たいていの場合はジェンダーをあいまいに話すことができるが、それが楽である半面、だから日常の中でジェンダーを認識する機会が少ないのでは、とも思っている。
ナショナル・コンサートホールもプライド月間 Pride Month の装い。今月は本当に街の至るところが虹色です。